大阪地方裁判所 平成3年(ワ)4072号 判決
本訴原告・反訴被告
山崎利幸
右訴訟代理人弁護士
木村達也
同
田中厚
同
浦川義輝
同
中紀人
右訴訟復代理人弁護士
尾川雅清
同
加島宏
同
小松陽一郎
同
村上正巳
同
澤井裕
同
今重一
同
今瞭美
同
高崎暢
同
山本政明
同
長谷川正浩
同
折田泰宏
同
石田正也
同
武井康年
同
戸田隆俊
同
永尾廣久
同
宇都宮健児
本訴被告・反訴原告
株式会社ジェーシービー
右代表者代表取締役
内藤幸弘
右訴訟代理人弁護士
井岡三郎
同
宿敏幸
同
鈴江勝
同
西村陽子
同
田村雅嗣
主文
一 本訴原告(反訴被告)と本訴被告(反訴原告)のJCB会員規約(会員番号○○○○―○○○○―○○○○―○○○○―○○○○○○○―○○)に基づく本訴原告(反訴被告)の本訴被告(反訴原告)に対する債務は金五〇万円及びこれに対する平成三年五月一一日から支払済みまで年18.25パーセントの割合による金員を超えて存在しないことを確認する。
二 本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、金五〇万円及びこれに対する平成三年五月一一日から支払済みまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。
三 本訴原告(反訴被告)のその余の請求及び本訴被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、これを五分し、その四を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
五 この判決第二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
(略称)以下においては、本訴原告・反訴被告を「原告」と、本訴被告・反訴原告を「被告」と略称する。
第一請求
一本訴請求
1 原・被告間のJCB会員規約(会員番号○○○○―○○○○―○○○○―○○○○―○○○○○○○―○○)に基づく、原告の被告に対する債務の存在しないことを確認する。
2 被告は原告に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成三年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二反訴請求
原告は被告に対し、金一二九万九五六四円及びこれに対する平成三年五月一一日から支払済みまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一本件は、クレジットカード会社である被告が会員の原告に対し、カードの使用に基づく代金の支払を求めた(反訴請求)のに対し、原告は、長男が無断でカードを使用したのであるから支払義務はないと主張して右債務の不存在確認を求める(本訴請求1)とともに、被告の原告に対する代金取立行為が違法であると主張して慰謝料等(慰謝料一〇〇万円、弁護士費用二〇万円)を請求した(本訴請求2)事件である
二事実
1 クレジットカード契約の締結(当事者間に争いない。)
クレジットカード会社である被告は、原告との間で、昭和六〇年一〇月一五日、左記の約定(以下「規約」という。)のもとに、JCBカード会員入会契約を締結し、原告に対し、JCBカード(会員番号○○○○―○○○○―○○○○―○○○○―○○○○○○○―○○、以下「本件カード」という。)を貸与した。
(一) 会員は、JCB加盟店において、カードを提示して物品を購入し、または、サービスの提供を受けることができる。
(二) 会員がカードを使用して加盟店から物品を購入し、または、サービスの提供を受けたときは、被告は、会員に代わって、その代金を加盟店に支払う。
(三) 会員は、被告に対し、毎前月一六日から毎月一五日までの間のカード使用代金を翌月一〇日限り支払う。
(四) 遅延損害金は年18.25パーセントの割合とする。
(五) 会員は、善良なる管理者の注意をもってカードを使用し、管理しなければならない(規約四条)。
(六) 会員は、被告からカードを貸与されたときは、直ちにカードの所定欄に自己の署名をしなければならない(規約六条)。
(七)(1) カードの紛失、盗難または、前記(五)に違反して、他人にカードが使用された場合は、その使用代金は会員が負担する(規約一四条一項)。
(2) ただし、会員が紛失、盗難の事実を所轄の警察署へ届け出、かつ、所定の紛失、盗難届を被告に提出した場合は、被告が受理した日の六〇日前以降発生した代金については、被告は、会員に対し、その支払を免除する(同条二項)。
(3) 前項の定めにかかわらず、次の各項に該当する場合には、被告は、会員に対し、代金の支払を免除しない(同条三項)。
イ 紛失、盗難が会員の故意または重大な過失によって生じた場合。
ロ 会員の家族、同居人、留守人等、会員の関係者によって使用された場合。
ハ 戦争、地震など著しい社会秩序の混乱の際に紛失、盗難が生じた場合。
ニ 前記の会員規約に違反する状況において、紛失や盗難が生じた場合。
ホ 会員が被告の請求する書類を提出しなかったり、また被告の行う被害状況の調査に協力を拒んだ場合。
2 本件カードの不正使用(当事者間に争いない。)
原告の長男山崎一郎(以下「一郎」という。)は、平成三年三月二二日、本件カードを原告の経営する山崎製作所の事務所(以下「事務所」という。)から原告に無断で持ち出し、別紙カード使用一覧表記載のとおり、同月二五日から同年四月八日までの間に、本件カードを使用して被告の加盟店で合計一二九万九五六四円相当の商品を購入した。被告は、右代金を各加盟店に支払った。
3 本件カードの紛失届出と無効登録
原告は、平成三年三月二二日、被告に対し、電話で「カードを長男に違法に持ち出された。不正使用のおそれがあるので、直ちにカードは使用停止にしてほしい。」と言って、本件カードを無効にするよう申し出た(当事者間に争いない。以下、この申出を「本件申出」という)。
被告は、原告からの本件申出に基づき、直ちに、被告備え付けのコンピューターに本件カードの無効登録をするとともに、「JCBカード無効通知書」(毎月一回発行され、百貨店を除く加盟店に配布される。)及び被告を含むカード会社六社共通の「六社クレジットカード無効通知書」(毎月一回発行され、百貨店に配布される。)に本件カードを掲載する手続をとった。その結果、同年四月五日効力発生の「JCBカード無効通知書」及び同月二八日効力発生の「六社クレジットカード無効通知書」にそれぞれ本件カードの無効通知が掲載された。また、被告は、百貨店に対し、同年四月八日、ファックスを用いて本件カードの緊急無効手配をした(〈書証番号略〉、証人奥津裕造)。
4 本件カード使用代金の取立(当事者間に争いない。)
原告が本件カードの使用代金を支払期限の平成三年五月一〇日までに支払わなかったため、被告の従業員である奥津裕造(以下「奥津」という。)は、同月一五日、事務所を訪問して、原告に対し、右代金の支払を請求したほか、同月二〇日付で「訴訟決定通知書」と題する催告状や被告顧問弁護士四名連名の催告状を送付し、電報を発信した。
三争点
1 原告は、本件カードの使用代金(平成三年三月二五日から同年四月八日までの使用)を支払う義務を負うか。
(一) 本件申出(平成三年三月二二日申出)により、直ちに本件カードは無効となるか。
(二) 原告は、規約一四条に基づき支払義務を負うか。
規約一四条は公序良俗違反により無効か。
(三) 被告には、損害発生予防義務、損害拡大防止義務違反があるか。
原告の支払義務は、本件カードの使用限度額に限られるか。
2 被告のなした本件カード使用代金の取立行為は違法か。
四争点に対する当事者の主張
1 原告
(一) 争点1、(一)について
本件カードは、本件申出により、平成三年三月二二日無効となった。
被告は、本件カードが無効になるのは、被告が加盟店に対し、無効手配を完了した時点である旨主張するが、このように解すると、全加盟店に対する無効手配が同時にはなされていない現状においては、ある加盟店では本件カードが有効であり、他の加盟店では無効であるといったことになり、理論的におかしいし、不当である。
(二) 争点1、(二)について
規約一四条一項は、会員の責任に基づかないカードの紛失、盗難の場合にも、カードの不正使用の責任は会員が負担する旨定めるものであって、公序良俗に違反し無効である。また、同条三項ロは、会員の家族、同居人等会員の関係者がカードを使用した場合には、如何なる事情があっても会員の責任とする旨を定めるものであって合理性がなく、公序良俗違反で無効である(これに比し、同項イ、ニは、会員に何らかの責任がある場合であるから、合理性が認められなくはない。)。
原告が本件カードに署名していなかったのは事実であるが、加盟店において署名の同一性の確認が全く行われていない現実に照らすと、右署名義務違反をもって原告に規約違反があったということはできない。また、原告は、本件カードを善良な管理者の注意をもって保管していたから、この点に関する規約違反はない。すなわち、原告とその妻山崎千代美(以下「千代美」という。)は、かつて、一郎が原告のカードを無断使用した事実があるため、本件カードの保管場所を一郎に知られないよう、また、同人の手の届くところに本件カードを置かないよう、常に注意していた。現に、千代美は、本件カードを預金通帳や小切手帳、印章等とともに鞄に入れて、これを持ち歩いたり、事務所に積み上げられた商品荷物用のダンボール箱の中に秘かに鞄を入れて保管していた。そして、事務所の戸締りは厳重にし、事務所の鍵を一郎に使用させたことはない。このように、原告は注意深く、カードを保管し、かつ、保管場所の事務所の戸締りをもしていたから、一郎による本件カードの無断持出し(盗難)につき、原告に重過失はない。
(三) 争点1、(三)について
被告は、原告から本件申出を受けたほか、本件カードの不正使用の未然防止を求める要請を何度も受けながら、被告のコンピューターに入力し、無効通知書を印刷して加盟店に送付した外は何もしなかった。しかも、右通知書は、事故発生日より四〇日間以上の日時を経過したものであり、これより先に、東京日本橋の高島屋百貨店から不正使用の連絡があり、本件カードとともに一郎が持ち出した千代美のカードが北海道千歳空港で使用されて回収されているのであるから、本件カードの不正使用の危険性は極めて高かったのである。したがって、被告は百貨店宛に緊急の無効通知書を流して警戒を呼び掛ける方法をとるべきであったのに、何らこの手続をとらずに放置した。さらに、被告はカードの不正使用を防止して安全な決済システムを構築するため端末機を設置したり、顔写真をカードに添付する等の配慮もしていない。このように被告は、本件の如き緊急の場合にも損害発生の拡大防止、未然防止の努力を何もしなかった。
したがって、万一、原告に規約に基づく支払義務があるとしても、被告の右注意義務不履行により、もしくは契約法上の信義則により、被告の債権は過失相殺されるべきである。また、信義則上被告が設定したカードの与信限度額内で処理されるべきであって、本件カードの使用限度額五〇万円以内に減額されるべきである。
(四) 争点2について
奥津は、平成三年五月一五日に暴力団員のような言動で原告を脅迫して、本件カードの使用代金を請求したほか、その後も、原告と協議をすることなく、一方的に、次々と自宅と事務所とに速達や電報で右代金の支払を強制し、原告を不安に陥らせた。
2 被告
(一) 争点1、(一)について
本件カードは、本件申出により直ちに無効となるのではなく、被告による加盟店への無効手配が完了した時点で無効となる。カードシステムは、カード会社と会員、カード会社と加盟店との関係で成り立っているため、会員からの申出だけでカードを無効にすれば加盟店、ひいてはカード会社が損害を被ることになり著しく不公平である。
(二) 争点1、(二)について
原告は本件カードに署名しないまま、これを鞄に収納したうえ、事務所に積み上げられたダンボール箱に入れて、保管していた。千代美は、事務所で働く一郎の目前で、本件カードとともに鞄に収納されている預金通帳等の貴重品を出し入れしていた。また、事務所の戸締りも、窓には鍵がかけられない状況であった点において不完全なものであったし、右状況を一郎は知り尽くしていた。右のとおり、本件カードの保管は、一郎による持ち出しが容易な状態下でなされていた。
したがって、一郎による本件カードの持ち出し(盗難)は、原告が署名義務を履行せず、カードの保管につき善管注意義務を怠っている状況下において生じたものであるから、原告は規約一四条一項、三項ニにより支払義務を負う。また、右のとおり、右盗難は、前記戸締り状況及びカードの保管状況下で生じたものであって、原告に重過失があるから、同一四条一項、三項イにより原告は支払義務を負う。さらに、一郎は原告の家族であるから同一四条一項、三項ロにも該当し、原告は責任を負う。
規約一四条一項は、原告主張のとおり、会員の責任の有無にかかわらず、カード使用代金を会員に負担させる旨定めているが、同条二項において会員の免責を定めているので、これを全体的にみると合理性があり、公序良俗違反とはいえない。また、規約一四条三項ロの家族に関する規定も、一般的に、家族間の問題は家族間で解決することが社会常識的に認容されているので、合理的であり、公序良俗に違反しない。
(三) 争点1、(三)について
被告は、本件申出を受け、直ちに、被告のコンピューターに本件カードの無効手配をし、一般の加盟店に対しては、毎月二二日締切り、翌日五日効力発生の「JCB無効通知書」に掲載し、速やかに無効手配した。また、加盟店たる百貨店に対しては、毎月二〇日締切り、同月二八日効力発生の六社共通の無効通知書に掲載し、無効手配した。さらに、被告は、平成三年四月八日、本件カードが百貨店において多額に使用されていることを知り、直ちに、百貨店に対し、緊急無効手配をした。その結果、翌九日以降の百貨店での使用はなくなった。このように、被告は、現行制度下においてなすべき無効手配の全てを遅滞なく実行しているので、原告主張の、損害発生予防義務及び損害拡大防止義務違反はない。
(四) 争点2について
奥津は原告に対し、常に常識的な態度で本件カードの使用代金を支払うよう請求したのであって、奥津の行為に違法性はない。
第三争点に対する判断
一争点1、(一)について
本件申出により直ちに本件カードが無効になったとの原告の主張は採用できない。すなわち、規約には会員からの申出によりカードが直ちに無効になる旨規定されていないし、カードシステムはカード会社と会員との関係のみならずカード会社と加盟店との関係でも成立しているので、会員の一方的意思表示により直ちにカードが無効になると解すると、加盟店の地位は著しく不安定なものとなり到底是認できない状況に立ちいたるからである。もっとも、全加盟店がカード会社のコンピューターに連動する端末機(CAT)を備えていれば、カード会社が会員の申出を直ちにコンピューターに入力することにより、右時点をもって画一的にカードを無効にすることができ、右のような制度が望ましいことはいうまでもないが、弁論の全趣旨によれば、現状においては、百貨店は端末機を備えておらず、一般加盟店の大多数もこれを備えていない(別表記載の一般加盟店も全て備えていない。)ことが認められるので、現行制度を前提とする限り、本件カードが無効となるのは被告による無効手配が終了した時点と解さざるを得ないし、右時点が加盟店によって異なるのもやむを得ないといわなければならない(本件においては、後記のとおり、百貨店については、平成三年四月八日の緊急無効手配が完了した時点、端末機を備えない一般加盟店については、無効手配の完了した同月五日時点と解すべきである)。
二争点1、(二)について
1 原告は、規約一四条一項が公序良俗に反し無効である旨主張する。
たしかに、右規約は盗難カードが使用された場合には、会員の過失の有無を問わず、カードの使用代金は全て会員の負担とする旨定めているが、一方、同条二項は会員が被告に対し所定の届出をしたときは、右届出の受理日の六〇日前以降の使用代金の支払義務を免れるとしたうえ、同三項においてこれに例外を設けているものである。このように、規約一四条を二、三項も含めて一体としてみると、紛失・盗難による不正使用の場合であっても、一定の手続をとりさえすれば、例外を除き、支払義務を免除される関係にあることは明らかであるから、右に照らすと規約一四条一項のみとりあげて公序良俗違反であるということはできない。
また、原告は同条三項ロは、カードの使用者が会員の家族等会員の関係者であることの一事をもって、会員に責任を負わせるものであって、合理性を欠く旨主張するが、会員と密接な関係にある者の使用については、それ以外の第三者による使用と区別して、会員により重い責任を果しても必ずしも不当とはいえないので、右規定が公序良俗に違反するとはいえない。
2 前記第二、二の事実に証拠(〈書証番号略〉、証人千代美、同一郎、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、平成三年三月当時、妻千代美、長男一郎(昭和四五年三月二三日生)とともに、肩書住所地に居住し、右住居から徒歩約一〇分の距離にある事務所において、ボルト部品等の販売業を営んでいた。千代美や一郎も原告の従業員として約三坪の広さの事務所で、商品の梱包等の仕事をし、原告は、主として、外回りを担当していた。
(二) 原告は、昭和六〇年ころ以降、JCBカード、VISAカードの会員となり、これに伴い、千代美も各家族会員となり、カードを保有してきた。原告は、会員となった当初に、一度カードを使用したのみで、以後は使用したことがなく、千代美もカードを使用しなかった。こうした事情にあったため、原告は、更新カードである本件カードが被告から送付されても、使用の意思はなく、カード裏面の署名欄に署名しなかった。
かつて、原告は、財布にカードを入れていたが、後記のとおり、一郎が原告の洋服のポケット内の財布から、無断でカードを取り出し、これを使用したことがあったため、本件カードを、VISAカードや千代美のカード、銀行のキャッシュカード、預金通帳、現金等とともに施錠できない小型の鞄に入れ、これを事務所内に六段に積み上げた、商品の入ったダンボール箱の、下から二段目に入れて、千代美と共同で、保管するようになった。そして、千代美は、原告の営業に関する出納を担当していたため、右鞄を必要に応じて、ダンボール箱の中から取り出し、預金通帳や現金等を出し入れしていた。一郎は、事務所内で仕事をしていたため、平成三年二月以降、数回にわたって、千代美が鞄から貴重品の出し入れをする右状況を目撃するようになり、右鞄の保管場所を知るに至った。
(三) また、原告は常に一郎と連れ立って、事務所に出勤し、自宅に戻っていた(千代美は家事のため、原告らより遅く出勤し、同人らより早く戻っていた。)ところ、事務所の出入口の開閉は、原告ら夫婦の保管にかかる鍵によって、原告自らがなし、この鍵を一郎に使用させることはなかった。しかしながら、事務所の窓は、クーラーが取りつけられたため、戸を閉めても数センチの隙間が生じるようになり、その結果施錠できない状態となっていた。そのため、窓の戸締りは、内側から木のつっかい棒をかけるだけの不完全なものとなっており、こうした状況は、一郎の熟知するところであった。
(四) 一郎は、専門学校を中退した昭和六三年夏から約一か月程、原告の許で働いた後、会社に勤務するようになったが、約一年半で退職し、再び原告の許で働くようになった。そして、約半年後には、家を飛び出し、友人の許に身を寄せて水商売に従事するようになったが、現金盗(友人の金の窃取)の非行を犯したため、原告らの許に戻った。しかしながら、平成二年一月ころには、再び家を出て、女友達の許に身を寄せ、アルバイトをしていたが、自動車盗の犯罪を犯したため、同年末に執行猶予付きの有罪判決を受け、原告らの許に戻った。以来、前記のとおり、原告の許で働くようになったが、平成三年三月二〇日ころ、家出をし、以後各地を転々とするうちに、同年五月二八日、詐欺未遂罪で逮捕され、実刑判決を受けて、川越少年刑務所に収容され、現在に至っている。さらに、一郎は、平成二年三月ころまでに、二回にわたって、原告の財布からクレジットカードを、無断で持ち出し、各数万円の使用をしたが、いずれについても、原告が平穏裡に支払いをした。
(五) 一郎は、家出後の平成三年三月二二日早朝五時ころ、前記鞄の中にクレジットカードが保管されているだろうと考え、これを持ち出す目的で、事務所に赴いた。そして、窓の隙間から手を入れて、窓を開け、事務所に入り、前記ダンボール箱から鞄を取り出し、中から本件カードを含む原告と千代美のカード合計四枚、銀行のキャッシュカード一枚を持ち出した。そして、その後、一郎は、本件カードの署名欄に、原告の氏名を記入したうえ、右カードを使用してきた。
右に認定したところによると、本件盗難(一郎による本件カードの持ち出し)は、原告が規約に定める署名義務及び次のとおり、善管注意義務に違反した状況下で生じたものといわざるを得ない。すなわち、原告ら夫婦は、一郎には、前記の、カード持ち出しや窃盗歴があるにもかかわらず、本件カードを同人の職場でもある事務所のダンボール箱の中に、施錠できない鞄に入れて保管していたのであり、また、千代美は随時、右鞄から銀行通帳等の出し入れをしていたというのであるから、本件カードの保管は善管注意義務に違反する(事務所の机を、施錠できる抽き出しのついたものにしたり、金庫を設置する等何らかの配慮ができたはずである)。
さらに、事務所の戸締りが前記のとおり不完全なものであり、右状況を一郎は知悉していたのであるから、本件盗難は原告の重過失によって生じたものといわざるを得ない。
そうすると、原告は、規約一四条一項、三項イ、ニのいずれによっても、本件カードの使用代金の支払義務を負う。
三争点1、(三)について
1 前記第二、二の事実に、証人奥津の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
被告は、平成三年三月二二日、原告からの本件申出に基づき、直ちに被告のコンピューターに本件カードの無効登録をした。右コンピューターは、金銭自動支払機(CD機)と一般加盟店の端末機(CAT)に連動するのみで、前記のとおり、端末機を備えている加盟店は極く少数である。そのため、被告は、同日締切り、同年四月五日効力発生の、一般加盟店に対する、「JCBカード無効通知書」及び、同月二〇日締切り、同月二八日効力発生の、百貨店に対する「六社クレジットカード無効通知書」に本件カードを掲載する手続をとった。さらに、被告は、平成三年四月八日、本件カードが百貨店で多額に使用されていることを知り、直ちに、百貨店に対する緊急無効手配をした。
右に認定したところによると、被告は、現行制度下においてなすべき無効手配の全てを遅滞なく実行しているので、被告には原告主張の義務違反はない。
原告は、被告においてより早く本件カードの使用状況を把握し、百貨店に対し、速やかに緊急無効通知をなすべきであったと主張するが、本件カードの百貨店での使用額は、別表記載のとおり、平成三年四月四日(木曜日)時点で合計五〇万円余となり、翌五日(金曜日)は、約一六万円であるから、同日終了時点で、後記の、本件カードの使用限度額を可成り超過したが、右状況が把握できるのは週明けの同月八日(月曜日)にならざるを得ないと考えられるので、百貨店に対する緊急無効手配が遅滞したとはいえないし、右高額の使用状況を把握するまでもなく緊急無効手配をすべきであるかについては、さしたる使用がなくとも、常に緊急無効手配をすることになれば、費用と手間がかさみすぎることや百貨店側の事務が繁雑となってこれに対応し切れなくなることに照らすと、高額の使用が判明した時点ですれば足りるとする現行制度もやむを得ないところであって、不当とはいえないので、原告の主張は失当である。なお、全加盟店が被告のコンピューターの端末機を備えることが最も望ましいことは前記のとおりであるが、被告の加盟店数(平成三年時で約二二〇万店)、端末機に掛かるコスト負担等にかんがみると、右端末機の設置が被告に義務づけられているとはいえない。
2 証人奥津の証言及び弁論の全趣旨によると、本件カードの月間使用限度額は、五〇万円であること、カード会社は、使用限度額を越える使用がなされた場合には、会員にそれ以上の使用をしないよう注意したり、場合によっては、貸与中のカードを会員から引き上げ、カード会社がこれを一時保管することができることが認められる。
右に述べた使用限度額の制度に照らすと、会員において、これを越える使用をした場合に代金支払義務を免れるものでないことはいうまでもないが、カードの不正使用があった場合にも、会員に同様の支払義務を負わせてよいかについては、個別具体的に考慮するのが相当であると解される。本件においては、前記のとおり、過去の月間カード使用額は高々数万円に過ぎず、原告は被告に対し、速やかに本件カードの盗難を申出たことが認められるうえ、被告は、本件カードの使用代金の請求を、右限度額の五〇万円に留める旨の意向を表明していること(被告は、本件口頭弁論期日において、反訴請求の趣旨を五〇万円及びこれに対する付帯請求に減額する旨の申立をしたが、原告はこれに同意しなかった。)を併せ考慮すると、原告の代金支払義務を五〇万円に限定するのが相当である。
四争点2について
1 前記第二、二の事実に証拠(〈書証番号略〉)、証人千代美、同奥津、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
被告の調査部調査課(カード使用代金の回収業務等を担当する。)の職員の奥津は、本件カードの使用代金が期限の平成三年五月一〇日に支払われなかったため、同月一五日、事務所を訪問し、原告に対し、本件カード使用代金一二九万九五六四円を支払うよう要求したが、原告はこれに対応せず、同人に代って千代美が使用限度額を越える請求は不当であるとか直ちに支払うことはできない等と答え支払いを拒絶した。そこで、奥津は、同月一七日までに入金するようにとの「ご入金のお願い」と題する書面(〈書証番号略〉)を置いて帰った。そして、同日までに支払われなかったため、奥津は、同日付速達で、同月二〇日までに必ず支払うようにとの「催告書」(〈書証番号略〉)を原告宛に、自宅に送付するとともに、事務所に架電し、同様の請求をした。この電話にも、千代美が原告に代って対応し、前同様の理由で支払えない旨答えた。
そして、原告ら夫婦は被告に対し、同月二一日到達の内容証明郵便で、社団法人全国消費生活相談員協会に相談中であるため、暫時、代金支払いの件を猶予されたい旨通知した(〈書証番号略〉)。これを受けた奥津は、同日、事務所に電話して、代金を支払うよう請求したが、これに対応したのは千代美であった。奥津は、これより先の同月二〇日付速達で、同月二二日までに入金するよう、入金がなければ裁判手続に移行する旨を記載した「訴訟決定通知書」と題する書面及び、被告の顧問弁護士四名連名の、同月二三日までに支払いがないときは即時法的手続をとる旨を記載した書面を、原告に宛てて、自宅と事務所に送付した。そして、何とか、原告と直接交渉したいと考え、同月二〇日午後四時二三分ころ、『しきゅうれんらくされたし、JCBおくつ〇六―九四四―二二二二』との電文による電報を、事務所の原告宛に発信し、さらに、同日午後六時一七分ころ、同様の電文の電報を自宅の原告宛に発信した。
奥津は、同月二三日になっても、代金が支払われなかったため、同月二八日到達の速達で、被告の顧問弁護士四名連名の、書面到達後五日以内に弁護士事務所または被告の担当係に来訪されたい旨の書面を原告に宛てて、自宅と事務所に送付した。
右のとおり、奥津が原告に送付したのは、全て封書による速達であり、封筒の表面には、「重要」「速達」とのゴム印が押されていた。
なお、原告は、奥津が暴力団員のような言動で原告らに対し代金の支払いを請求したと主張し、千代美の証言中にはこれにそう部分があるが、右証言は、奥津が平成三年五月一五日、事務所で原告らと面談した後も、千代美の方から何度も奥津に電話をかけた旨千代美自身が述べていることに照らし、信用できない。
2 債権取立て行為が社会通念上許容される範囲を逸脱するときは不法行為を構成し、これにより相手方が被った損害を賠償する義務が発生するというべきところ、右に認定したところによると、被告の担当者奥津は、平成三年五月一五日から本訴が提起された同月三一日までの間に、原告らに面談したほか、数回にわたって、書面を送付したり、電報を発信したり電話をしているが、面談や電話の際に脅迫的な態度で支払いを請求した事実を認めることはできないし、書面による請求も全て封書でなされており、右書面の内容も格別問題となるものではないうえ、電報についても、後記のとおり、社会通念を逸脱したものとは認められないので、被告の代金請求行為が違法であるとはいえない。
電報については、一般的に、通知または代金請求方法としては相当なものとはいいがたいが、本件においては、千代美が前面に出て、会員本人の原告との交渉が全くできない状況にあったため、奥津は何とか原告と連絡をとりたいと考えて発信したものであること、発信回数も各一回であり、発信時間も午後と夕刻であること、その内容も前記のとおり連絡を求めるにとどまるものであることに照らすと、やむを得ない方法であったということができる。
(裁判長裁判官下方元子 裁判官小久保孝雄 裁判官龍見昇)
別紙カード使用一覧表〈省略〉